鍛冶町の錨龍臺は、県の重要文化財に指定される津山だんじりの中でも成熟期終盤(いわゆる明治の御大典組・坪井町の龍珠臺、伏見町の巻龍臺、西新町の龍宝臺)の精根込め、技を尽くして工匠が彫り上げた一臺。津山の伝説的な工匠、高山近之助と井上幽雪斎・幸治親子が手掛けた津山で数少ない柱の巻き龍(他に安岡町の鳳龍臺、西新町の龍宝臺が有名)が特徴的な臺でもある。また高山近之助と井上幽雪斎・幸治親子の共作としては新魚町の飛龍臺があり、まさに津山だんじりの最高峰ともいえる一臺。
 ちなみに「安政の出動順」で鍛冶町は参組の壱番。
 若連中は錨若連と称し、以前は背中に錨を刺繍した法被で他町内と威勢を競った。


平成22年4月末、出動に向け臺の状態を確認した鍛冶町の皆さん
「明治の御大典組」を代表する見事な彫りの錨龍臺
台車も出動に支障がないことが確認された。
右の写真は出動をサポートする津山商工会議所青年部広報委員会のメンバーら

■その他の動き(2010津山まつり)
 約20世帯の鍛冶町。隣町には25世帯の宮脇町。宮脇町には文政三年に造られた簾珠臺がある。宮脇町は諸事情がある中、今年も7年連続での出動を先ごろ町内で決定した。今年の祭りは錨龍臺と津山最古の簾珠臺が並ぶ。

津山まつりの歴史へ


 

Copyright Tsuyama Danjiri Preservation Hall. All rights reserved.